正真正銘伝統の、山形一のイベント「初市」ご存知ですか?!

佐藤屋本町店前、初市の様子さあ、今年もやってまいりますね、初売りよりも商いにとっては大事な初市です!
山形の皆さんは当然おなじみのことかと思いますが、最近は何だか、歩行者天国も多く
なってまいりましたものですから、ありがたみがなくなってきてる、なんて方も多いかもしれません?!

伝統行事としての初市とは

しかしながらこの初市。
最上義光公の頃より起こりまして、それ以来続く、正真正銘最も古く伝統のございます山形の
イベントなのでございます。盛り上げ目的で起こした訳でない、本物の伝統行事の大きなものと
言いますのは、山形市におきましてはもう、中心街で行われるものでは唯一と言って良いかと。

そもそもが、毎年一月の十日に行われますのは、十日町の初市だからでして、商いの側面も
当然ございますが、本来はれっきとした市神様のおまつりでございます。
あまりご存知ないかもしれませんが、十日町のど真ん中には市神様の碑が立っておりまして、
しっかりとイベントの開催前に神事も行われております。

 

縁起物の由来とは(初飴、葱や蕪など)

また、縁起物として売られるものたちにもしっかり理由がございます。
白髪葱(ねぎ)には、共に白髪の生えるまでの末永い繁栄を願う意味、蕪(かぶ)におきましては、
商売の株が上がりますように、の意味を込めてございます。

また、今現在は「初飴」の名で佐藤屋でも販売をいたします紅白の切り飴ですが、こちらは元々、
ざら紙に飴を丸くいくつか盛り付けまして、紅花の筵干しの様子を表し、それを市神様に御供えしますことで、重要な交易の品でございます紅花の豊作を願ったもの。旗飴と呼ばれておりました。

その後衛生面などが問題になるようになりますと、転じて今の形の紅白の切り飴になっていくと
言うわけでございます。なお、佐藤屋では紅白の切り飴だけをお出しいたしますが、他のお店ですと
最近は、復活した旗飴もあったりいたします。
そぞろ歩きをしていただきながら、そんな品を探していただくのもまた楽しみかと。

また、臼や杵に団子木なども縁起物でございますね。
どうしても、最近の生活の中にはなくなっていくものも多くなっておりますので、そういった
縁起物を置かれるお店も少なくなってきているのが少し寂しいところでもあったりします。

で、宣伝もちゃんとします佐藤屋で、ど~ぞ~

初市になみなみならぬ決意で臨む佐藤屋八代目 佐藤慎太郎で、そんな初市でございますが、佐藤屋の今年にかける意気込みは、もうなみなみならぬものが
ございます、と宣伝もさせていただきます!
何せ年々静かになっていく初市の状況を見かねて、京都から戻ってきて数年してから立ち
始めた初市の店頭でございますが、周りからお店が無くなっていくのが寂しくてしょうがありません!

市神様のお祭りです、初売りよりも盛り上げて、一年の計をはかろうって算段の商いです。
ですのに、市の中をずっと歩いておりましても、なかなか景気の良い呼び込みの声にも出会わない・・・

ならばと自分でやってみよう、と数年。今ではとにかく若手中心に、意気に感じてくれたのか、
父母妻子も店に立ち、佐藤屋一同勢ぞろいでの元気いっぱいの呼び声でやっております佐藤屋
本町店の前での特設出店。是非皆様も、新年の景気付けにおいでくださいませ!

当日は、前出の縁起物「初飴」に、イベント限定大人気の「カステラのみみ」、和洋の焼き菓子の詰め合わせ、
初登場乃し梅チョコたまゆらのみみ、年に一度だけの安売り「上生菓子詰め合わせ」などなど、
当日、そこである分だけの限定にて、年で一番の大盤振舞をいたします!

2015年の1月10日は、暦の具合も良いもので、何と週末は土曜日開催でございます!
寒中お出かけをいただきました皆様に、決して損はさせませぬ様、気合を入れてお届け致します故、
是非のおいでをお待ちいたしております~!盛り上がりを待つでなく、自ら盛り上がろう山形(笑)
追:まだ正式決定ではございませんが、初市より販売開始にて、見事J1昇格を決めました地元の星
モンテディオ山形を応援する菓子をお披露目するつもりです!こちらもお楽しみに!

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佐藤屋七代目久々のメディア登場?!

出来たばかりの佐藤屋本店の建物!

産経ニュースさんの地方版にて!

七代目がこれまでの佐藤屋の歩みと、これから?について
お答えさせていただいた模様が載っておりました~
産経新聞さんにも当然?載せていただいておったようで、
経済にご興味をお持ちの方からは「見たよ~」の声も!

勿論、いつもの佐藤屋のお客様では、なかなか
読まれることの無いところに載りましたので、こうして
勝手に拡散させていただいて、乃し梅の本家であることを
アピールしてみたり。

昨日は地元のケーブルテレビさんからも、乃し梅の製造風景の取材をいただいておりますし、少しずつですが
佐藤屋の店としての、そしてその仕事の価値を見出して
いただいて、ご興味をお持ちいただける様になって
いるのかな~と嬉しく思ってございます!

 

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「のし梅」発祥の地「山形」より、誇りをかけた戦いは続きます。

乃し梅本舗 佐藤屋(山形)の元祖のし梅


さて、乃し梅です。

佐藤屋が創業した文政年間には、まだ菓子ではなく、山形が
最も栄えた時代の城主最上家の医師を先祖に持つ薬屋さんが
伝えていた気付け薬でございました。

その薬屋の息子が嫁をもらって始めた菓子屋が佐藤屋。
後の世に、幾多の失敗にめげることなく、全国に流通するように
なった寒天との出会いの末に、今の「のし梅」の形に完成させ、
今にまで伝わっているとされております。

最上家が治めていた頃の山形では、紅花の生産が
盛んであり、後に山形を訪れる芭蕉も紅花に関する句を
山形で詠むなど、山形=紅花と言っても過言ではなかったようです。

その紅花から色素を採るのに必要だったのが、梅の実の酸。
これを使って、色素を採る訳ですので、当時の記録では現在の山形市、と
される部分のかなり街に近いところまで梅の畑があった様です。
まあそれくらいに梅も生産が盛んであった、と言う訳です。

同時期には、先に書きました最上家伝来の薬も、民間薬として
なじみ深いものだった様ですが、これも梅が豊富にあってこその
ものですから、生産量がいかにあったかをもの語ります。

一説には、出羽三山詣での流行した江戸後期には、「乃し梅」の
記述が山形についての文献でも見られることもあったりする
様なのですが、寒天の全国流通までに間があるので、
今の形ではなかったのではないか、と思われます。未だ手切りの包丁仕事「山形佐藤屋の乃し梅」

佐藤屋に残るレシピを記した文献には、陶板に塗りつけた、と言うような

記述もありますから、やはりこの形に完全に落ち着くのは、
明治になって、と考えてよさそうだと思っています。
とは言えそれでも1800年代後半なんですが(笑)

今日はとんでもなく真面目に書いてます、本気ですw

 

で、何が言いたいか?と言うと。。。

「乃し梅は、山形発祥の元祖山形銘菓です。水戸に非ず」

まあ何をいまさらなのですが、私八代目の関東での
催事の歴史は、まずはこの認識との戦いから始まって
いるものですから。

何せ水戸、梅の名所「偕楽園」をお持ちで
首都圏からの観光客の方々を集客して
おられますものですから、その情報発信力は
もう素晴らしいものがあります。

水戸銘菓と言えば「水戸の梅」「吉原殿中」などが
ございますが、そこに並び「のし梅」もたくさんに~(泣)

前の二つの銘菓については置いておきまして、
「のし梅」に関してはこれだけは言わせてください!今までは現実世界でお会いした人だけに地道にお伝えを
して参りましたが、ここでも言ってまいります。

「乃し梅は、山形発祥の元祖山形銘菓です。水戸に非ず!」

おそらくしっかり調べていただけばわかるのですが、
水戸の「のし梅」が歴史に登場するのは明治の
中期以降を待たねば無理かと思います。何故?と聞かれればそれは「山形」にて完成された
「乃し梅」の製法が、伝わっていくまでの時間が必要、
だからです。修業に来た方、教えにいった山形人。

当時は、おそらく将来的に商圏がかぶるなんて思いも
しなかったのではないかと思います。
まあそれはもう、しょうがないですね。

大正期「のし梅」皇室お買い上げの際の佐藤屋三代目ら

 

その後山形においては、紅花の生産が減少し、
サクランボが新たな名物になり、実の収穫の
時期も近い梅も、家庭用以外の需要が減少して
少しずつ減っていきます。

佐藤屋では今も梅を山形産にこだわって使っていますが、
それも契約栽培や、これまでもお世話になっている農家の
皆様の助けがあってのことでございます。

さて水戸はと申しますと、首都圏に近い?地理的な
利点などを活かし「偕楽園」が観光地として素晴らしい
形に完成し、そこにあるお菓子屋さん達の素晴らしい努力に
よって、数々の銘菓をつくりあげ、今や関東において
梅の菓子と言えば「水戸」、「のし梅」は「水戸の銘菓」と
認識されるまでになっております。

事実私の周りでも、関東出身の方の多くは、
佐藤屋にのし梅のあるのを見て「水戸にもあるよ~」と
おっしゃいますし、関東の百貨店さんでの催事などで
お持ちしても「水戸の銘菓よね?」と・・・

恐るべし水戸、素晴らしい、いわば「のし梅」の発展と
隆盛を支える存在です。
でも、これだけはもう一回!

「乃し梅は、山形発祥の元祖山形銘菓です。水戸に非ず」

もうこれで最後にします。申し訳ないです。
こう言った形の文章に嫌悪感を示される方、必ず
いらっしゃいますので、先に謝らせていただきますが、
そんな方はここまで長いと読んでおられませんでしょう。

そんな「元祖」の「のし梅」が「山形」、「発展」させたのが「水戸」。
特段これまでも元祖争いをしたことはございません(笑)
これからもドロドロやるつもりはございません(笑)

ついに両雄相並ぶ水戸と山形の「のし梅」
仲良く並んだ水戸と山形の「のし梅」@M山形vs水戸にて

ただ、きっと佐藤屋の八代目として私は、ご先祖の名にかけて
「乃し梅の発祥は山形」と語り続けるでしょうし、それを
止める時は自分の店をたたむときでしかありえないと思います。

そしてきっと、まだ先まで「水戸の銘菓よね」と言われる覚悟は
しております?!でも、でもですよ。小さいかもしれないけど、
それ目標?と思われるかもしれないけども。

いつか「のし梅世論の支持の多数」をもう一度山形に取り返したいんです。
水戸に行った人たちが「あ、これ山形の?!」と言ってくれる様な感じで。

人口も、生産力も、色んな意味で不利ではあります。
それでも、山形の歴史に誇りを持ち、山形の梅にこだわり、
職人仲間の頑張りを信じて、常に語り続けていく、その先に。
きっと元祖山形銘菓である「乃し梅」が「元祖」として
認識してもらえる時が来ると思って頑張っているのです。
変わらぬ皆様の応援とご指導をお願いいたします~

 

いやはや長文でした。
読まれた方もお疲れでしょうね?
自分も疲れました。
もしもこれを読んで不快な思いをされる水戸の
お菓子の関係者さんなどいらっしゃいましたら、すぐに
ご連絡くださいませ。訂正か削除をいたします。争いは望みませんし、今時点では勝ち目もありませんので。

 

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山形の老舗 佐藤屋のお雛様をご覧下さいませ~ 

白黒写真どころか、浮世絵の時代から、山形は十日町で商いを続けます山形名物のし梅の佐藤屋三代目。
前列左が佐藤屋三代目。

どーんと白黒写真で驚いていただけましたでしょうか(笑)
こちらは佐藤屋を中心に、のし梅を作る山形の菓子屋達が、
皇室お買上の栄を賜りましたのを記念しての撮影をしたもの。
こんな時代から、いやもう浮世絵の時代から佐藤屋は、山形は十日町の
現在の場所にて、皆様のご愛顧を賜ってまいりました。

だもんですから、やはり色々と古いものは残ってございまして。。。
この度、やはり時期に合わせまして、佐藤屋に伝わります「おひな様」を
山形市中心街での雛めぐりに合わせて公開いたしますことに~
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